満月の夜は嫌いだ。切り捨てるようにそう告げると、子供はあからさまに不満を顔に浮かべた。
病室の隅からひたひたと闇が迫ってくる、消灯時間もとうに過ぎた午前一時。空調が利いているとはいえ、秋の夜半の空気は肌寒く、ベッドの上で掛け布団を引き上げる。
「せっかくユウとお月見しようと思ったのにー」
陰鬱な漆黒のローブに身を包んだ子供は、仰々しい身なりと不釣合いな仕草でベッドの端に頭を落とした。
こてりと力を抜いたその姿を見下ろしながら、夕は遠慮なく顔を顰める。
「そもそも懐きすぎなんだ、お前は。死神が人間と親しくなっていいのか」
「ユウは俺のターゲットじゃねえもん。別に魂取りに来てるわけじゃないし」
声も聞こえる、姿も見える。低いことには低いけれども体温だってあるのに、これがヒトではない生き物だなんてと夕は不思議に思う。試しにその髪の毛を引っ張ってみるが、やはり確かな感触が残る。
「……痛いんだけど」
痛覚もあるらしい。
「大体、月見なら仲間連中とやればいいだろ。そんな慣習が死神にあるのか知らないけど」
「ユウと一緒のほうがいいー。こっちのほうが落ち着く」
「どれだけ甘えただ、コラ」
死んだ人間が死神になるのだ、と子供は言う。生前の記憶は大抵なくなるのだそうだ。
どうもこの子供は仲間の死神に馴染めないらしく、しょっちゅう抜け出しては夕の病室に入り浸っている。
「いいじゃん。向こういてもつまんないし。ウサギは寂しいと死んじゃうんだよ」
「お前、もう死んでるだろうが」
「……けち。ユウのけちー」
いけずーと叫んで(そんな言葉ばかり覚えているのだこの馬鹿は)、けれど子供が酷く褪せた目をしたので。わかってるよ別に望んでないよ期待してないよという目をしたので。
「明日、だ」
結局夕は甘やかしてしまう。
「満月は明日。明日の夜に来い」
「え、いいの」
「いいよ。お前うるさいし」
「ユウがけちなだけだよ。約束な、約束」
月や星の好きな子供だった。
病室が一緒になったのは些細な手違いからだったが、子供は酷く夕に懐いた。それが代償行為だと夕は気づいていて、だけどそれは自分だって似たようなものだから黙っていた。
傷の舐め合い。愛情を受け取れなかった子供。
死んだのはちょうど一年前、満月の夜。そして半年後、再び子供は現れた。
夕と過ごした一切の記憶を失って。
「寂しいと言って死んだのに、お前はまだ寂しいか」